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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8099号 判決 1956年10月30日

原告 下谷製本株式会社

被告 荻原ナツ 外三名

主文

被告荻原は原告に対し金二千三百六十六円の支払をせよ。

被告野口は原告に対し別紙目録<省略>記載の家屋のうち一階南側店舗(約五坪)及び同北側四畳間(約二坪)の明渡をせよ。

原告の被告荻原及び被告野口に対するその余の請求並に被告山中与四郎及び被告山中花子に対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告野口との間に生じた分は同被告の負担とし、その他の被告等との間に生じた分はいずれも原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告に対し、被告荻原は別紙目録記載の家屋全部の、被告山中与四郎及び被告山中花子は右家屋のうち二階南側八畳間(約五坪)の、被告野口は右家屋のうち一階南側店舗(約五坪)及び同北側四畳間(約二坪)の各明渡をし、被告荻原は金三千三百七十円の、被告等は連帯して昭和三十年五月十五日から右家屋の明渡ずみとなるまで一ケ月金七千円の割合による金員の各支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「別紙目録記載の家屋は原告が昭和二十九年二月二十四日その所有者福井平一郎から買受け即日所有権移転登記を経由してその所有権を取得したものであるが、右福井平一郎はその以前から右家屋を被告荻原に対して賃料一ケ月金二千三百円毎月末日限りその月分を賃貸人方に持参して支払う約束で期間の定めなく賃貸していたので、原告は右家屋の所有権取得によつて右賃貸借契約について賃貸人たる地位を承継したところ、同被告は昭和三十年四月頃いずれも原告の承諾を得ることなく、右家屋の二階南側八畳間(約五坪)を無償で被告山中与四郎及び同山中花子に、また一階南側店舗(約五坪)及び同北側四畳間(約二坪)を権利金三万五千円を受領し賃料一ケ月金七千円の約束で被告野口にそれぞれ転貸した。すなわち被告荻原は同年二月十六日頃から数ケ月の不定期間本件家屋から他に移転し三人の子供を被告山中与四郎に托すると共に本件家屋の管理を同被告に委託したが、同被告及びその娘である被告山中花子の住居にあてるために右二階八畳間を提供し、被告与四郎等はこれに居住してその他の部分の管理及び被告荻原の子供の養育に当つたのであつて、右二階八畳間については被告荻原と被告与四郎及び同花子との間に使用貸借契約が成立したものである。また被告野口に対しては直接には右被告与四郎が前述の部分を賃貸したのであるが、右のように被告与四郎は被告荻原から本件家屋の管理を委託されていたのであり、しかも右賃貸はそれによつて収受する権利金及び賃料を被告荻原の子供の養育費にあてる目的でなされたものであるから、右賃貸は右管理委託の準委任契約に基き被告与四郎が被告荻原を代理してなした本件家屋の一部の転貸であり、その責任は被告荻原に帰するものである。そこで原告は昭和三十年五月十四日被告荻原に対し内容証明郵便で右無断転貸を理由に右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右内容証明郵便は翌十五日同被告に到達したので、右賃貸借契約はその到達によつて解除された。よつて爾後同被告は何ら正当の権原なくして右家屋を占有しており、その他の被告等も亦何ら原告に対抗し得る正当の権原なくして各借受部分を占有しているので、被告等に対して各占有部分の明渡を求める。また被告荻原は昭和三十年四月一日以降前記約定による賃料の支払をしないから、同被告に対して同日から前記契約解除の前日である同年五月十四日まで一ケ月金二千三百円の割合による賃料合計金三千三百七十円の支払を求めると共に、右契約解除となつた昭和三十年五月十五日以後は被告等は共同で右家屋を不法占有し原告に賃料相当の損害を被らせており、右賃料相当額は被告荻原より被告野口に対する右家屋の一部の転貸賃料が一ケ月金七千円であることに徴して少くともそれ以上であるから、被告等に対して昭和三十年五月十五日から右家屋の明渡ずみとなるまで一ケ月金七千円の割合による損害金の連帯支払を求める。なお本件家屋は被告荻原が飲食店営業の目的で賃借したものであつて、階下を直接営業用に使用し二階は営業に必要な店舗の管理のため使用するものであるから、地代家賃統制令第二十三条第二項第三項同令施行規則第十条第一号によつて家賃統制を除外されているものである」と陳述した。<立証省略>

被告荻原訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、「原告主張の事実中、原告がその主張の家屋を昭和二十九年二月二十四日その所有者福井平一郎から買受け即日所有権取得登記を経由してその所有権を取得したこと、被告荻原がその以前から右家屋を福井平一郎から原告主張のような約束で賃借していたので、原告が右賃貸借契約について賃貸人たる地位を承継したこと、同被告が原告主張の頃数ケ月本件家屋から不在となり三人の子供を被告山中与四郎に托し、同被告及びその娘である被告山中花子が本件家屋に居住して被告荻原の子供の世話をしていたこと、被告山中与四郎が本件家屋の原告主張の部分をその主張の頃被告野口に賃貸し爾来同被告がその部分を占有していること及び原告主張の内容証明郵便による契約解除の意思表示が被告荻原に到達したが同被告がその後も本件家屋を占有していることはいずれも認めるが、右の内容証明郵便は被告荻原の不在の間に到達したため到達の日時は不明であり、その他の原告主張事実はすべて否認する。被告山中与四郎は被告荻原の叔父にあたり、被告荻原が昭和三十年二月頃転地療養の必要から一時の留守番として本件家屋に居住して貰うように依頼した結果娘である被告花子と共に居住するに至つたものであり、被告与四郎及び同花子は被告荻原のいわゆる占有機関として同居するにすぎず被告荻原と独立に本件家屋の一部を占有するものでなく、まして被告荻原において同被告等に本件家屋の一部を転貸したものではない。また被告野口に対しては被告与四郎において被告荻原の不在中何らの相談もなく無断で本件家屋が恰も自己の支配下にあるように装つて一階店舗及び四畳間を賃貸したものであつて、その賃貸行為については被告荻原の全く与り知らないところである。よつて被告荻原は何人にも本件家屋の一部を転貸したことはないから、原告より本件賃貸借契約を解除される理由はない。仮りに被告荻原がその留守番である被告与四郎の行為についても責任を負うものとして一応原告に解除権が発生したとしても、右のような事情に加えて、本件家屋の店舗の部分は被告荻原の営業に必要欠くべからざる部分であつてこれを使用し得ないときは忽ち生活に窮するので、被告野口に対してはその占有部分の明渡を訴求して既に勝訴の判決を得た次第であり、まして本件家屋から立退かなければならないとすれば親子諸共住むに家なき状態となるにひきかえ、原告は何ら本件家屋を使用しなければならない差迫つた必要もないのであつて、原告の解除権の行使は権利の濫用である。よつて本件家屋の明渡には応ぜられない。なお本件家屋については家賃の統制が存しその統制額は月額金千六百三十円であるから、被告荻原に賃料乃至賃料相当額の損害金の支払義務があるとしてもその額は右の割合によるべきである」と陳述した。<立証省略>

被告山中与四郎及び同山中花子両名訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、「原告主張の事実中、原告がその主張の家屋を昭和二十九年二月二十四日その所有者福井平一郎から買受け即日所有権取得登記を経由してその所有権を取得したこと、被告荻原がその以前から右家屋を福井平一郎から原告主張のような約束で賃借していたので、原告が右賃貸借契約について賃貸人たる地位を承継したこと、被告荻原が原告主張の頃数ケ月本件家屋から不在となり三人の子供を被告山中与四郎に托し同被告及びその娘である被告山中花子が本件家屋に居住して被告荻原の子供の世話をしていたこと、被告与四郎が本件家屋の原告主張の部分をその主張のような約束で被告野口に賃貸したこと、原告主張の内容証明郵便による契約解除の意思表示が昭和三十年五月十五日被告荻原に到達したこと及び被告与四郎及び同花子が原告主張の頃から本件家屋の原告主張の部分を占有していることはいずれも認めるが、その他の事実は争う。被告与四郎及び同花子は被告荻原から同被告が転地療養をするための留守番及び三人の子供の世話を依頼されて本件家屋に居住したものであつて転借を受けたものではない。なお被告野口に対しては被告与四郎及び同花子が被告荻原の子供の世話をしなければならないのに生活に窮した結果同被告との連絡がとれないまま已むなく原告主張の部分を賃貸したものである」と述べた。<立証省略>

被告野口は請求棄却の判決を求め、答弁として、「原告主張の事実中、原告主張の家屋が原告の所有であること及び被告野口が昭和三十年四月下旬被告山中与四郎から右家屋の原告主張の部分を賃料一ケ月金七千円の約束で借受け爾来これを占有していることは認める」と述べた。<立証省略>

理由

(一)  被告荻原に対する請求について。

別紙目録記載の家屋が原告が昭和二十九年二月二十四日その所有者福井平一郎から買受け即日所有権取得登記を経由してその所有権を取得したものであること、右福井平一郎がその以前から右家屋を被告荻原に対して賃料一ケ月金二千三百円毎月末日限りその月分を賃貸人方に持参して支払う約束で期間の定めなく賃貸していたので、原告が右家屋の所有権取得によつて右賃貸借契約について賃貸人たる地位を承継したこと及び同被告が爾来右家屋を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。

そうして原告が昭和三十年五月十四日被告荻原に対し内容証明郵便で、同被告がいずれも原告の承諾なくして右家屋の二階南側八畳間を被告山中与四郎及び同山中花子に、一階南側店舗及び同北側四畳間を被告野口にそれぞれ転貸したとの理由で右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右内容証明郵便が被告荻原に到達したことも亦同被告の認めるところであつて、右到達の日は成立に争いのない甲第二号証の二によつて翌十五日であることが認められる。よつて右契約解除について事実右のような解除原因が存したかどうかについて判断する。

まず被告山中与四郎及び同山中花子が本件家屋に居住するに至つた関係について、原告は被告荻原が被告与四郎及び同花子に対して本件家屋の二階南側八畳間を無償で貸与し同時に被告与四郎に対してその他の部分の管理を委託したものであると主張するのに対し、被告荻原は被告与四郎等は留守番として本件家屋に居住するものであると主張する。そこで事実関係の認定に先だつてまずいわゆる留守番の本質を明かにする必要がある。いつたい留守番とは如何なることをいうのであるか考えてみるに、一般に本人の不在中その住居にあつて家屋家財等の保護やその他本人不在中の事務の管理にあたることを指称するものと考えられ、従つて留守番を依頼する契約はその本質において一種の準委任たる管理委託契約にほかならないと解せられるが、我々の経験に徴すると一口に留守番といわれているものであつてもその態様は極めて種々雑多であつて、期間についても僅か数時間の留守番から数ケ月乃至それ以上の長期に亘るものまであり、留守番にあたる者の家屋の占有関係についても、一時の来客等と同様に全く占有を有しないと認められる場合、家族雇人等と同様に一応占有はするがその占有は本人の占有に包摂されており独立の占有を有しないと認められる場合、また留守番が家族を引連れ居住する場合のように独立の占有を有とすると認められる場合等の各場合があり、管理を委託された事務の内容も亦具体的の場合によつて様々である。のみならず留守番とはいいながらも純然たる管理委託契約に基くのでなく実は他の契約との中間に位する一種の無名契約乃至は混合契約がなされている場合も決して稀ではなく、殊に前記のように管理のために家屋を占有する場合もある以上貸借関係の含まれる場合のあることも亦当然考え得られるところである。以上のような見地に立つならば、本件についても被告与四郎等が本件家屋に居住するに至つた事実関係を仔細に検討した上でなければ、それが果して貸借関係に基くものであるかそれともいわゆる留守番たる管理委託契約に基くものであるかを決定することができない。ところで証人大塚宝吉及び同川窪敏宏の各証言並に被告山中与四郎本人及び被告荻原ナツ本人の各供述を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、被告荻原は本件家屋に先夫と同棲し飲食店を営んでいたところ、次第に右先夫と不和になつて昭和二十九年十二月頃別れ話が纒つたが右先夫は思いきりが悪くなかなか夫婦の関係を清算しようとしないため、同被告は一時他に身を隠すことを決意し、身体の静養をも兼ねて昭和三十年二月中中学卒業後間もなくの男子、中学一年の女子、小学二年の男子の三人の子供を本件家屋に残し郷里の茨城県に行くことにした。そこで留守番旁々子供の食事の世話をしてくれる者が必要になつたが、偶々同被告の叔母とその夫であり且つ親代りとなつて同被告を育ててきた被告与四郎夫婦が、右被告荻原の叔母である被告与四郎の妻が病気のため病院に通うのに従来の住居からでは不便で困つていたので、被告荻原は被告与四郎が本件家屋に引移れば同被告にとつてもその点好都合であることをも考え併せ、同被告に対して自分が身を隠している二、三ケ月の期間中本件家屋に住まつてはどうかと申出でたところ、被告与四郎もこれに応じて昭和三十年二月十五日頃従来の住居を引払つて病妻と娘である被告花子及びその子供と共に本件家屋に移り、被告荻原は翌十六日頃子供を被告与四郎等に托して郷里に赴いた。そうして被告荻原の不在中被告与四郎及び同花子等は本件家屋に居住すると共に被告荻原の子供の世話をしてきたが、子供の生活費については、被告荻原は学費や小遣銭は直接子供に届けたが食費についてはすべて被告与四郎に任せ、なお予め知り合いである大塚宝吉に対して留守中の子供の生活費が足りなくなつた場合には立替えて被告与四郎に渡して貰いたいと頼みその承諾を得ておいたことを認めることができる。以上認定の事実関係から判断するに、被告与四郎等が従来の住居を引払つて本件家屋に転住し生活の本拠をここに移した点や同被告等の便宜もかなり考慮のうちに入れられた点からすると、同被告等が本件家屋に居住するに至つた関係には家屋の使用を目的とする関係すなわち貸借関係が含まれていることを全く否定し去るわけにはゆかない。しかしながら右のようにもともと被告荻原が被告与四郎等を本件家屋に居住せしめたのは一時不在となることが動機であつた点、その不在の期間は二、三ケ月乃至数ケ月の予定であり、また被告与四郎等を居住せしめるのはその不在の期間中に限つたのであり被告与四郎等も当初からそのことを諒承していたのであつて、そのことは被告山中与四郎本人及び同荻原ナツ本人の各供述によつて認められるように、被告荻原はその後本件家屋に戻つて現在の夫と共にこれに居住しており、一方被告与四郎は妻がその後死亡したことや被告荻原から厳しく要求された事情もあるが約半年後の昭和三十年八月には免も角本件家屋から他に移転して現在は僅かの荷物を残すのみであり、被告花子も亦その後本件家屋から退去したことによつて十分裏づけられる点、殊に本件家屋に残された被告荻原の子供達がその年令から推して数日くらいならば兎も角一ケ月以上の期間自分達だけで炊事や身の廻りの始末をした上留守を預つて金銭の出納やその他不意の事務を処理してゆくことは到底無理であり、事実前記認定のように子供達が生活費として纒つた金銭を任せられていなかつたことからいつても、どうしても成人乃至は成人に近い者を留守番として置く必要があつたと認められる点等からすると、被告荻原が被告与四郎等を本件家屋に居住せしめた主たる目的は留守番として管理を委託する趣旨にあつたと認めなければならない。すなわち被告荻原と被告与四郎及び同花子との間に結ばれた契約は使用貸借の趣旨をも含めた管理委託契約であつてその比重は管理委託の方にあつたと見るのが至当である。原告は被告荻原は被告与四郎等に二階南側八畳間を転貸すると同時に他の部分の管理を委託したのであると主張するが、被告与四郎等が主として右二階八畳間を起居の場にあてていたことは成立に争いのない甲第三号証(仮処分調書)によつてこれを窺い得るけれども(右甲第三号証に二階四畳半二間とあるのは右八畳間を指すものと思われる)、右甲第三号証をもつて被告与四郎等の本件家屋の使用関係が右八畳間とその他の部分とで截然と区別されていたことを認める資料とするのは相当でなく、その他本件に現れた全立証を通じて本件家屋のうちの或る部分を分けて使用貸借と管理委託との二個の契約がなされたと認めるに足りる意思の表示も、占有使用等の実体も、またそうする必要も全く認められないのであつて、右原告主張のような関係にあつたと認めることは到底できない。

そこで次に問題となるのは右に認定したような貸借関係を含む管理委託契約が賃貸人に対する関係で民法第六百十二条に規定する転貸に該るかどうかという点である。いつたい、民法第六百十二条が第一項において賃借人に対して賃貸人の承諾なくして賃借権を譲渡し又は賃借物を転貸することを禁止したのは、目的物を占有使用する者が何人であるかということが、目的物の保存の良否や賃料の支払及び目的物の返還が期限に履行されるかどうかについて影響するところ大である点において、賃貸人にとつて重大な利害関係のある事柄であるからであるが、同条第二項が特に第一項に反して賃借人が第三者に賃借物を使用収益させたときに賃貸人に契約を解除する権利を認めた趣旨は、右のように賃貸人にとつて重大な利害関係の存するところの目的物を占有使用する者の如何について変更を生ずるような行為を賃借人が賃貸人に無断ですることは、通常賃貸人の賃借人に対する信頼を裏切るような重大な義務違反であるから、そのような行為が一旦なされた以上は一般の契約解除の前提となる催告をなすことなく即時に契約を解除して賃貸借の継続を絶つことを賃貸人に許して賃借人に対する制裁とした趣旨であると解せられる。そうだとすると、賃借人が賃貸人に無断で第三者に対し賃借物を使用収益させることを主たる目的としてこれを占有せしめた場合には、たとい附随的に管理をも委託したとしても、そのような賃借人の行為はこれを通常賃貸人の信頼を裏切る行為であると見て民法第六百十二条に規定する転貸に該ると解すべきこと勿論であるが、管理委託を主たる目的として賃借人が賃借物を第三者に占有せしめた場合には、たとい附随的にこれを使用収益せしめたとしても、右の転貸には該らないものと解するのが相当である。何となればそのような場合には賃貸人として利害関係に影響がないとはいえないが、たとい右のような管理委託が賃貸人に無断でなされたとしても、それを賃貸人の信頼を裏切るような行為であるとは認め難く、例えばどうしても留守番を置く必要がある場合に同時に家屋を使用収益せしめるのでなければ留守番として信頼するに足りる適当な者が得られない場合もあり得るからである。これを本件に照して一層具体的に見るならば、被告荻原としては被告与四郎等を本件家屋に居住せしめることについて一言原告にことわつておいたならば或いは最も適切な措置であつたかも知れないが、もしも原告の承諾を得られない場合には他に留守番だけを依頼できる者で信頼のおけるものを探すことは恐らく困難であつたであろうし、そうすれば本件家屋に子供を残して一時夫から身を隠すこともできなかつたかも知れないし、さもなくば反つて明からさまに原告の意向に反対してそれを押しきらなければならなかつたかも知れないのであつて、被告荻原が被告与四郎等を本件家屋に居住せしめることについて原告の承諾を求めなかつたからといつて、原告の信頼を裏切るような行為であると見るのはあまりにも酷である。よつて右の被告荻原が被告与四郎等を本件家屋に居住せしめたことをもつて民法第六百十二条の規定する転貸にあたるとすることはできないから、原告はそれが原告に無断でなされたことをもつて本件賃貸借契約の解除原因とすることはできなかつたものと判断せざるを得ない。

次に被告野口が本件家屋の階下を賃借するに至つた関係についてみると、その賃貸が直接には被告与四郎がなしたものであることは当事者間に争いがなく、原告は被告与四郎は被告荻原から本件家屋の管理を委託されこれを他に転貸することについて代理権を与えられていたように主張するけれども、被告与四郎は前記認定のように留守番として管理を委託されていたのであつて、いわゆる留守番が家屋の一部なり全部なりを他人に賃貸する権限を与えられることは極めて稀な事例であると考えられるところ、特に同被告にそのような権限が与えられていたことを認めるに足りる証拠は一つもない。かえつて成立に争いのない乙第二号証、証人大塚宝吉及び同川窪敏宏の各証言、被告野口秀雄本人及び同山中与四郎本人の各供述、右各供述によつて成立の認められる乙第三号証の一乃至三並に被告荻原ナツ本人の供述によると、被告山中与四郎は前記のように被告荻原の子供の世話を見ていたが、予め同被告から子供の食費として十分の金銭の支給を受けておらず、しかも同被告の行先を知らなかつたために連絡もとれず、その上病妻の医療費が嵩んで生活に窮した結果、それらの費用を捻出するために原告には勿論被告荻原にも何ら断ることなく、昭和三十年四月中被告野口に対して自己の名において本件家屋の原告主張の部分を権利金三万五千円を徴収して賃料一ケ月金七千円期間二年の約束で賃貸し、被告野口も亦被告与四郎が本件家屋の賃借人であつて同被告からその一部の転貸を受けるつもりでこれを借受けたのであるが、被告荻原は十日程してこの事実を知るや被告与四郎に対してその不法を責めると共に被告野口に対しては明渡を求めたのみならず、原告に対しても大塚宝吉等をして被告野口に対する賃貸行為について被告荻原が何等関係していないことの諒解を求めに行かせたことを認めることができるのであつて、被告荻原は被告与四郎に対して右賃貸についての権限を与えたことは勿論事後に至つて被告与四郎の行為を追認したこともないことが明かであり、その他の理由によつても被告与四郎の行為によつて被告荻原と被告野口との間に本件家屋の一部の転貸借の効果が生じたとみる余地は全くない。もつとも民法第六百十二条第二項の規定は前述のように賃借人に賃貸人の信頼を裏切るような行為があつた場合に賃貸借契約の継続を絶つことを賃貸人に許す趣旨の下に設けられた規定であると解せられるから、たとい賃借人と第三者との間に転貸借関係が生じなくとも第三者が賃借物を占有使用することについて賃借人が原因を与え前後の賃借人の行為乃至態度が賃貸人の信頼を裏切るようなものであつた場合には民法第六百十二条第二項の規定が類推適用されると解する余地があるかも知れない。もしもそのような見地に立つならば、被告荻原に全く責むべき点がなかつたともいいきれない。すなわち、前記認定のように被告荻原がその子供の生活費として十分な金銭を被告与四郎に支給して行かなかつたことは被告与四郎が被告野口に対する賃貸をする一原因をなしたと認められ、被告荻原は大塚宝吉に子供の生活費が足りない場合は立替えてくれるよう依頼し大塚もこれを引受けていたのであるけれども、被告山中与四郎本人の供述によるとそのことの連絡が被告与四郎には十分徹底されていなかつたもののように窺われる。また被告荻原が留守番として被告与四郎等を選んだことがもともと適当でなかつたということもいい得るであろう。しかし前記認定のところからいつて、被告与四郎の賃貸行為自体については被告荻原は全く与り知らなかつたのであり、これを放任して成行にまかせていたわけでもなく、殊に被告野口が本件家屋の一部を使用している事実を知つた後は原告の信頼に応ずるような適切な処置を採つているのであつて、被告荻原に原告の信頼を裏切るような行為乃至態度があつたと認めることは到底できない。よつて原告より被告荻原が原告に無断で本件家屋の一部を被告野口に転貸したとの理由で本件賃貸借契約を解除することもできないものといわなければならない。

よつて原告のなした前記契約解除の意思表示は結局その効力なく、従つて被告荻原は依然本件家屋について賃借権を有するものと認めなくてはならないから、その所有者たる原告よりの不法占有を理由とする明渡の請求並に損害金の請求に応ずる義務はない。

次に賃料の請求について考えるに、本件家屋は前記のとおり賃借人である被告荻原がこれを使用して飲食店を営んでいたものであるが、その営業の用に供する部分の面積が十坪を超えないことは弁論の全趣旨によつて明かであるから、本件家屋は地代家賃統制令第二十三条第二項但書並に同令施行規則第十一条(いずれも昭和三十一年七月一日施行の改正法令による改正前のもの、以下同様)に規定する併用住宅として家賃の統制を除外されなかつたものと認められる。原告は同施行規則第十条第一号を引用して本件家屋が統制除外となつていると主張するが、右法条は右統制令第二十三条第二項第三号乃至第六号にに規定する店舗等の建物のうち統制を除外されない部分の範囲を明確にする規定であつて、併用住宅の範囲に関係がなく、併用住宅については右統制令第二十三条第二項但書及び同令施行規則第十一条によつてその範囲が明定され、併用住宅と認められる限りは全面的に統制を除外されないのであるから右原告の主張は失当である。そうして本件家屋の賃料の統制額については被告荻原において認める月額金千六百三十円を超えることについて原告は何ら主張立証をしないので、約定の賃料月額金二千三百円中右金千六百三十円を超える部分は無効と解すべきである。そうして被告荻原は、原告の請求する昭和三十年四月一日から同年五月十四日までの賃料を支払つたことについて別段何の主張立証もしないので、右期間の賃料としては月額金千六百三十円の割合で金二千三百六十六円の支払義務があるが、その余の支払義務はないものと認めるべきである。

(二)  被告山中与四郎及び同山中花子に対する請求について。

本件家屋が原告が(一)記載のとおりの原因によつて所有権を取得したものであり、被告与四郎及び同花子が右家屋の二階南側八畳間を原告主張の頃から占有していることは当事者間に争いがなく、原告は(一)記載のとおり本件家屋の前所有者と被告荻原との間に成立した賃貸借契約について賃貸人たる地位を承継したことを自陳し、原告がその主張のように被告荻原に対して無断転貸を理由とする右賃貸借契約解除の意思表示をしたことを主張するのに対し、被告与四郎及び同花子はその事実を認めるけれども、右契約解除の意思表示がその効力を生じなかつたことは前記(一)に認定のとおりである。そうして右被告両名が本件家屋に居住したのは賃借人たる被告荻原との間の使用貸借の趣旨を含む留守番としての管理委託契約に基くものであることも亦前記(一)に認定したとおりであつて、家屋の賃借人から留守番として管理を委託された者は、たとい賃借人の占有補助者としてでなく独立の占有者としてその家屋を占有していても、またその管理委託に貸借の趣旨が含まれていても主たる目的が管理委託にある限りは、賃借人の賃借権を援用して賃貸人に対抗し得る自己の占有権原とすることを得るものと解すべきであるから、右被告両名は本件家屋の所有者たる原告に対して不法占有を理由とする占有部分の明渡並に損害金の支払請求に応ずる義務はない。(なお証拠関係からすると被告荻原は既に本件家屋に復帰し右留守番の期間は経過したと認められるが、そのことについて原告より何らの主張がない。)

(三)  被告野口に対する請求について。

本件家屋が原告の所有であること及び被告野口が昭和三十年四月下旬から本件家屋の一階南側店舗(約五坪)及び同北側四畳間(約二坪)を占有していることは当事者間に争いがないところ、同被告は右部分を被告山中与四郎から借受けたと主張するのみで、何ら原告に対抗し得る正当の占有権原を有することについての主張立証をなさないから、同被告は原告に対して右占有部分を明渡す義務あるものといわなければならない。

しかしながら損害金の請求については、被告野口は右のとおり何ら原告に対抗し得る権原なくして右部分を占有しているのであるが、前記(一)に認定のとおり原告と被告荻原との間の本件家屋の賃貸借契約は解除となつておらず依然同被告において全部を賃借しているのであるから、原告はもともと被告野口の占有部分を自ら使用し乃至は被告荻原以外の第三者に使用せしめて収益を挙げるわけにはゆかないのであり、また一方前記(一)に認定したところからいつて、被告荻原が右部分について使用収益をすることができないでいることについては原告には何らその責に帰すべき事由なく被告荻原に過失の責があつたと認められるから、原告としては被告荻原に対して本件家屋全部についての賃料を請求し得る筋合であつて、原告は被告野口の本件家屋の不法占有によつて何らの損害をも被つていないといわなければならない。よつて同被告に損害金支払の義務はないものと認める。

(四)  よつて原告の本訴請求は、被告荻原及び被告野口に対する各請求のうち主文第一、二項掲記の範囲においてはこれを理由あるものとして認容するが、同被告等に対するその余の請求並に被告山中与四郎及び被告山中花子に対する各請求はいずれも理由なきものとして棄却すべく、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条第九十二条但書第九十五条を適用して主文第四項記載のとおり負担せしめる。

なお仮執行の宣言は、主文第一項については小額であるからこれを附する必要なく、同第二項についても、前記のとおり被告荻原が本件家屋全部について賃借権を有するとの認定に従えば、原告はたとい被告野口からその占有部分の明渡を受けても直ちに被告荻原に引渡さなければならずこれを自ら使用し乃至は他の第三者に使用せしめることができない立場にあり、そうだとすれば原告自らとしては被告野口に対する明渡請求のみについて仮執行を求める必要性が少いのみならず、本件全体についての確定を俟たずに占有関係の変動を来すときは徒らに法律関係を複雑にする虞もあるので、仮執行の宣言はこれを附さおい。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 今村三郎)

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